実家に行って、老母に会う。

もうね。
最高でした、昨日のライブ映像
ちょっともう、良すぎて言葉が出ないですーーー


オープニングの出て来る姿が、カワイイ!!
楽しそうで、ウズウズしますね~~。
さすがTOKYO公演。
ますますの絶好調だった模様でやんす。

録画を何度か再生して見てみたんだけど。
そのまま、画面に飛び込んで行きたくなりました。
せーので、DIVE!!!




ところで。
今日は、私の実家に行ってきました。
私の自宅から、車で15分ほど。
私が高校生~25歳まで、過ごした家です。

今は。
左半身マヒで車椅子生活の母と、認知症(鬱も)の父が、介護保険の力をフルにお借りして、2人で暮らしているのです。


私は。
実家へ行くのがなかなか憂鬱で。
「行かなきゃ行かなきゃ」
と思いながら、一日延ばしにしている日々です


何が憂鬱かといいますと。
・母の愚痴
・父の短気と頑固
ですかネ。


母がまあ、愚痴っぽい愚痴っぽい

まあ、もちろん仕方ないのだよね。
体の自由が利かない。
頭は、私の数倍しっかりしてる。
なのに、できることが少ない。
唯一の話し相手であるはずの父は、気難しい顔して、不機嫌だし、ほぼ黙ってる。

楽しいことがなかなか見つからない日々なのですわ。
わかる。
わかるのよーーー。
でもね、本当に、弾丸のように愚痴の総攻撃をくらうと、娘の私は、ぶっ倒れそうになる。


その上。
母はもともと悲劇の主人公気質なのよ
わりと、お嬢様タイプ??

んなもので、なかなかに、こちらのエネルギーを吸い取られるのであります。
ギュインギュインに!



ところが。
今日行ってみたら、珍しく嬉しそうにしてるではありませんか!
そして、母があるものを見せてくれました。


それは、電子書籍用の、小さなタブレットでした。
ちょうど、文庫本くらいの大きさの、薄くて軽い、スマートなタブレットでした。


母が言うには・・・・・。
左半身のマヒというものは、意外にいろんなことが不自由で。
「本が読めない」
と嘆いていました。今まで。


寝っ転がって読む等、本当に無理な話で。
卓上に置いた本を読むにも、片手で本を上手に操ることはとても難しいのだそう。
本を押さえ、ページをめくり、読む間は動かないようにして・・・。
という一連の動きは、非常に疲れると。
あるいは、不可能だと。


そんなこんなで。
母は、読書を諦めていたのです。


脳卒中になる前。
若い頃や中年の頃の母は。
読書が大好きな文学少女→文学オバサンだったのですよ。

私の記憶の中にも、本を読む姿は印象に残っています。
その母が、読書をやめて。
もちろん、パソコンも操れない。
テレビの主導権は夫が握ってる・・・・。

煮詰まる日々だよね、当然ね。



で、先日。
私の兄がふと思いついたのか、タブレットを買って母にプレゼントし、操作方法も教えていったのだそう。


卓上に、少し傾斜を付けて置き。
動く右手だけで、上手に操作していましたよ。
老眼鏡をかけて、とっても嬉しそうでした!!!

お兄ちゃん、サンキュウ


驚くべきコトに!
母は、10年ぶりの読書に、何を選んだと思いますかッ!!??

にゃんとまあ。
森鴎外の「高瀬舟」を
読んだらしい・・・!!!


すっげーーー
真面目な老婆だ!


母:
「お母さんが記憶していたストーリー通りだった♡
懐かしかったわーーー」
ですと。


そして、母が言うには、
母:
「でもね。
本を読むのも困りものだね。
お母さん、すっかり本の世界に入り込み過ぎちゃって、時間の経つのも忘れちゃうし。
読み終っても、なかなか現実世界に戻ってこれないのよ。
本の世界にいるような気がしちゃって」
ですってよ!


なんて。
なんて幸せな読書体験なのでしょう!!
それこそが、読書(ゃ、映画鑑賞や、ライブ参加等)の、醍醐味ではないでしょうか!


思わず、口の悪い娘である私は言いましたよ。

私:
「戻ってこなくてもいいじゃん!
現実世界なんて、どうせつまんないんだから!
ずーーーっと浸ってた方がいいよ~~」
ッてね。


今まで
何度か勧めても、
「新しいものは、覚えられない」
と、様々な新しい機器を拒否してきた母ですが。


何の苦労もなく、楽しげに電子書籍をあやつってる姿を見たら。
「パソコンも、イケるんじゃない?」
と思ったよーーー。
パソコン使いこなせたら、世界広がるよね。

ま、とにかく。
母のできることが増えて、良かった良かった。


兄と文明の利器とに、心から感謝した次第ですわーーーーー。


あああ。
私も、イナバサラスの世界に浸ると。
なかなか現実世界が受け入れられないのよーーーーー。
どちらが夢で、どちらが現実か・・・?
胡蝶のような気持ちよ!


浸りやすい、この性格・・・・・・。
母譲りだったとはッ!




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選挙な一日。

おはようございます♡


今朝は私の地方、とっても爽やかな気持ちいい風が吹いていまして。
なかなか素敵な朝でした。


今朝8:00頃。
寝坊した高校生息子が、
「慌ててギリギリ間に合うけども、忘れ物するよりはさぁ。
ゆっくり準備して、遅刻はしちゃうけど忘れ物はない!
っていう方が、いいよね?」

と、にこやかに同意を求めながら、のんびりテレビ見てたわ~~~💦


遅刻か忘れものか、どっちがいいか?
意外と究極の選択?
それって、どっちか?なんだ~~。


アハハ
私は、
「そ~~~だね~~~~。
賛成だね~~。
遅刻の方がいいね。」
と答えましたわ~。


ゆっくり行け、ゆっくり行け。
交通事故が最悪じゃよ。
そう思った次第です。
交通事故に比べたら、遅刻も忘れものも、どってことないわ。うん。


まあね💦
次男はうっかりポンスケなので。
結局、遅刻も忘れ物もしてるかもしれないっす。
人生、そんなものですよね?
私の人生も、そんな感じですから。





ところで。
昨日は選挙でしたわね~~~。
皆様投票には行きましたん?

今回の選挙は、色々な思いの交錯した選挙でしたわ~~。


まず。
我が家の 『大学生長男inTOKYO』 にとって、初めての投票だった・・・・・はず。
住民票も移動済みなので。
向こうで投票できるはずなんですわ。


私。
先日、長男にメールしたんよ。
「初めての選挙だね。
入場券は無事に届いたの?
よく考えて、ちゃんと投票するんだよ。」
というようなメールを・・・・。

誰に入れろ入れるなとか、そおゆうことは、一切ナシで。


んで。
いまだに、返信なし・・・・・・・・・


もういいやッ!
プンッ!!



それとね。
昨日は、小学生息子のスポーツの試合で遠征の日で。
とある小学校に早朝集合したのです。
そこは、投票所になっていました。


朝の6:45頃。
投票開始の15分ほど前。


にゃにゃにゃにゃんと!!
投票するために、開場前から、並んで待ってる方が、3人もいたんですヨ!!

いやあ~~~
オラはビックリしたわ。
50年生きてますけども。
投票所では、早朝に、開場を待ってる方もいるとは、知らんかったわ~~~。
素晴らしい心がけですなぁ~~。



そんでね。
職員の方と、一番に来て待ってる若者が、会話をしてたんですよ~~。

どうやら、職員の方が、もう少しお待ちくださいネ的な声を掛けた模様。
そしたらば、若者が、

「初めての選挙なんですよ~!
記念すべき初投票なんで、一番乗りしたくって・・・・

と、朗らかに高らかに笑っていたのよ。




ああああああ。
若者!!
何てカワイイの!!!
すんばらしきかな、若者!


あああああ
私の長男は、あの大都会で、投票に行ったのでしょうか?
当たり前のように、淡々と。

それとも、
「メンドクサ」
とか、
「どうせ、一票じゃ、何も変わらない」
とか言って、行かなかったのでしょうか?


・・・・・どっちも想像できる!
願わくば、今この、一番乗りの、生き生きとした若者のような息子であってほしい!!


と、なんだかもう、ちょいとウルウルしてしまう自分がいました。





私の実家でも。
うちの親の、ちょっと、嬉しい出来事でした。


母は半身麻痺により、一人では外出できないのです。
父が車椅子を押せればいいんだけども・・・。
父は父で、鬱やら、認知症やら、腰痛、筋力低下など、様々なものを抱える身でして。
とてもとても、車椅子を押す能力はないのですわ。

2人は、普段は介護保険のお世話になりながら、様々な方の力を借りて、なんとか暮らしてる。

んでも。
ここしばらくは。
「選挙?無理無理!!」
という感じでしたわ~~~。



かつては、私が連れて行ったこともありましたが・・・・。
最近は、棄権が多かったかも。
確かに、我が地域の投票所のバリアフリー度は、なかなか厳しい実状でした。
入り口には、板が渡してあって、スロープになってるっちゃなってるんだけども。

駐車場から、そのスロープまでが!!
砂利やら、段差やら!!
とんでもないことになってる
ありゃあ、大変っす。



それでも!!
今回の選挙には行くという。

介護タクシーを予約し。
付き添いの方を、有料で1時間依頼し。

合計5~6千円の出費になるらしいんだけど。
5~6千円かけて、投票に行くことにした!!


と、母から前日にTELがありました・・・・。




じ~~~~~ん


普段は、愚痴っぽくて、自己中で、同情ください型の、腹の立つ母ですが・・・。
久しぶりに、頑張る親の姿に、ジ~~ンと来たわ。




そんなこんな・・・・。

見知らぬ若者や、年老いた病気の老親の姿に。
いろんな感動をもらった選挙でした。


その上!
夜に選挙速報見たら・・・・。
にゃんとまあ。
私が投票した人が、当選していたわ!
これって嬉しいものですね。


私ってホラ。
かなりなへそ曲がりなんすよ?
あ、知ってた?


んだもんで。
自分が投票した人が当選するってことが、ほとんどないよ。
たいてい、落選してるわーー💦


それが今回は、まさかの(←失礼ッ)当選
こういうのもまた、嬉しいものですね




そんなこんなの。
選挙な一日でしたわ~~~。


またね(^-^)/!

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実家の老父とキヨハラ。

昨日、
実家に行きました。



私は、
だいたい週1くらいの頻度で実家に行っている。
車で20分ほどの場所に、半身まひの車椅子老女たる母と、鬱と認知症とがいい感じにブレンドされた老人たる父が、介護保険の恩恵を存分に浴びながら、暮らしているのである。

2人の朝食は、父が味噌汁を作っているし。オカズは前日の夕飯の残り物だ。
昼食は、老人宅配弁当を頼んである。
夕食はだいたい、夕方に来たヘルパーさんが作ってくれる。
食材は、母がまだ、生協の宅配を注文できている。


そんな暮らし・・・・。
そんな中、やはり、週1くらいで、私が足りないものを買って届けるのである。
テイッシュとか、お茶とか、下着、切手など。

欲しいものを羅列したFAXが母からしょっちゅう来るので、それを元に、スーパーで買って届け、一緒にお茶など飲む。
そして、ヘルパーさんには頼みにくいちょっとしたことを、やってあげたりもする。
耳掃除とかね。


2人は普段は、テレビを見たり、手紙を書いたり、友人が来てくれたりと、なかなかいい暮らしをしてると思うよ。




んで。
昨日も、いくらかの買い物をして、実家に行った。

行ってみると、なんだかいつもより、父が元気そうである。
元気がない日はほとんど口も利かないのだけど。
昨日はなかなかの饒舌であった。


父:
「知ってるか~~?
清原が逮捕されたぞ
覚醒剤だと。」

おおお!
そのニュースだけで隠居した老人をも興奮させるとは、ドラッグのチカラは計り知れないぞ!


私:
「知ってるよ~~。あったりまえじゃん!持ちきりでしょ?」

父:
「ビックリしたな~~~~。」

と、無邪気に言うので、むしろビックリよ。


私:
「ええ~~?
でも、疑惑はずっとあったんだしさ。
見るからにそれっぽかったじゃん。刺青とかさ。」


と言いましたら。



まあ、びっくりよ!!

父:
「本当かッ!!??
お父さんは全然知らなかったな~~。
刺青をッ!?
いや~~~驚いた。」

と言うではありませんかッ!!!

ウッソー



しかも。
父:
「彼は、ドラフトで辛い思いをしたからなぁ~~。
かわいそうに。」
等と同情してんです


おばちゃんは、びっくりよ!


「ドラフトを言い訳にしてんじゃないわよ見苦しい。」
という厳しい意見を持つ私とは、真逆でビックリ(◎_◎;)!!

親子なのにねえ。
見方が随分、違うねえ。




んで。
よくよく考えてみました。


父は、元気で現役だったころ。
野球中継・大相撲・NHKニュース・懐メロ番組・のど自慢
等を見て暮らしていた。

清原の、高校時代、西武時代などは、非常に印象深く憶えてるに違いない。
娘と同世代の彼を、
「純な若者よ!」
と思って応援してたんだわね~きっと。




その後。
父は、長い長い入院生活を経て。
今はまた、テレビを見る生活を送れているけれど。

バラエティは、一切見ない。
お笑いも、トーク番組も興味なしだ。
たぶん、何言ってるか、わからないと思うわ。




そっか~~~~。ふむふむ。


スポーツは見るけど、バラエティはキライな昭和なオヤジである老父は。
もしかしたら、すさんだ、ヤクザ風味の清原を、見たことがなかったのかッ

うん。
たぶんそうだ
見たこともないし、たとえ目に触れても、あのキヨハラだとは認識できなかったに違いない。



私の父にとっては。
ドラフトで泣いた、スレンダーな清原で、時間が止まってるというワケらしい。


にゃるほど~~~。




一方で。

平成の申し子、我が息子らは、逆に。
バラエティに出てた清原のイメージしかない。

元野球選手だなんて、全く思っちゃいない。
「やくざ風タレント」
としか、もともと思っちゃいない。
逮捕されたって、ふ~~ん、当然じゃん?てなもんである。



清原の逮捕を受けて、
「子供たちの夢を壊した」
とのコメントも見るが。

我が家に関していえば、夢を壊されたのはむしろ、ジジイだけ。
であったのでしたわ・・・・・。




でもさ。

ある意味。
夢が必要なのは、子どもよりもむしろ、老人かもね。
だってさ、自分を含む現実は、どんどん苛酷になってるからね。
せめて、
「昔はよかった」
「昔のスターはカッコよかった」
てゆう思いくらいは、持たせてあげたいわね。





老人たちの夢を壊さぬように、昭和のヒーローには、充分気を付けて生きてほしいものであるよ。

な~~んてことを。
昨日は実家で感じた次第でしたわ。




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頑固頑迷老父が、怪我をして。

先日の事。
夕方4時半ごろ。
実家の母から電話が来た。


「お父さんが、ポストに手紙を出しに行って、血だらけで帰ってきた。
転んだらしい。
すぐ来れる?」

というような電話。


我が家と実家とは、車なら15分程度の距離で。
その時は特に大事な用事もなかったので、実家に向かった。


父は80代で、少々認知症が入りかけたところ。
母は70代後半で、7年前に脳出血をやり、半身まひの車いす生活である。
この2人を、私は自宅に引き取って、数年間介護生活をしていたこともある。
が、紆余曲折を経て、今は、毎日ヘルパーさんに来ていただきながら、2人で暮らしてるというワケ。


小学生2人に留守番をさせ。
「帰りに美味しいモノ買ってくるね」
と約束などして。
途中、消毒薬や大きめの絆創膏などを買って、実家に向かった。


私の実家は、道路から玄関まで、10段ほどの階段を上ってゆく。
着くと・・・・。

その階段の2~3段目あたり。
「こ・・・・これは・・・。
 殺人事件現場かッ!!??」
と思うほどの、おびただしい血・・・・・・


その後、玄関まで血は続き、2か所ほどで、大出血した様子が分かる。



家に入ると、父は頭にタオルを巻いて立っていたのだけど。
もちろんそのタオルは真っ赤。。。。。
意識はあるし、歩いてもいるが、冗談じゃない状況。
絆創膏というレベルの話ではないし、そのタオルをはずす勇気はないッ


とりあえずそのまま近所の外科に連れてゆくも。
「頭は専門医へ」
と、たらいまわし


その後、紹介されたT病院に行き、やっと診てもらえたわ~~~~~。



CT撮ったり、血液検査したりの結果。


『脳は今のところ大丈夫だが。
動脈が3本も切れ、出血多量。
頭を縫合手術するので同意書を!!』
と言われて書きましたわ。

『出血は止まってなくて、貧血状態。
縫合中も、医師に血液が噴きかかるほどでした。
入院必要なので、手続きを!!!』
と言われて、アレコレ書類を書いていたのでした。


そしたらば・・・・。



看護婦さんが困り顔でやってきました。

「お父様が、絶対に入院しないと言い張っています。
 お嬢さん説得してくださいね。」



ぐわわわ~~~~

無理それ無理だわ~~~




実は。
私の父は、相当の偏屈で頑固で変人で、妙に強い。
数年前も、命の危険がある状況で入院させたことがあるのだけど。
その時も、「入院しない」と言い張って。
無理に入院させたら。
脱走したり、管を抜いたり、薬を飲まずに捨てたり。
医者のことは見下すし、いうこと聞かないしで、もう、非常に
反抗的!!
厄介な爺さんなんすよ~~~


そんな記憶もあるものだから。
一応意欲のない、形ばかりの説得はしたけど。
私には無理よね。


「入院しないということは、万が一のことがあっても自己責任ですからねッ!!
他にも救急患者がいますから、あなたを説得してるヒマはありませんッ

と。
縫合してくださった先生も、怪我人相手に怒っちゃったわ~~
そりゃあ、怒るよね。

今まで人生の様々な場面で父の頑固さ・高慢さに翻弄されてきた私自身は、怒りよりアキラメで。


私:「死ぬかもよ。
 それでもいいのね?」

父:「うむ。」


本当にこれで死んでしまった場合。
自分の性格ゆえの「寿命」と、とらえるしかないのかな、と観念して。
医師も渋々許可。
で、連れ帰ることになりました。
父は今、自宅で療養しています。


結局、U字型に曲がってはいるけれど。
20センチくらいもある、大きな傷でした。
何針縫ったかは、数えてないけども・・・・・・




頭も顔も、包帯でグルグル巻きになってる父を連れて。
翌日も私が病院に連れて行き、診察しました。
その翌日は姉が連れて行ってくれた。
今日も朝、様子を見に行ってくれた。
抜糸の際にも姉が付き添ってくれるという。


おねえちゃんたら、ありがたいわ。
いままでされたイジワルを、帳消しにしてあげましょうッ!!




姉は、私よりももっと、はっきりものを言うズケズケおばちゃんなので。
父にすごく怒ったらしい。

姉:「怪我をしたのはかわいそうだけど!!
 医師や子供の言うことを聞いてくれないなら、誰も面倒は見れません!
 病院に連れて行ってくれたこぶりんぼや、治療してくれた医師がいなかったら、今、命はないのよ!
 そういうことを理解してね!!
 親の自殺行為に協力させないでよッ

というようなことを、きつく言ったら・・・・・。



父は一言。
「自分の人生は、自分で決める」
と答えたらしい



言葉だけ聞けば、カッコいいけどね



父の様子を見ていると。
「自分への過信
 と、
 他人への不信」


が、行動の基本なのかな?
と思うわ~~~~~
私にとっての、反面教師となっています。


が、どこか憎めないアンチクショウでもあるのよ。
なんだかね。
磯野波平タイプ・・・・?
いや、クレヨンしんちゃんの、母方の祖父(ミサエの父)タイプかな(←わかる?)
そういう頑固ジジイ様であるところの、我が父・・・・。




ただね。
頑固ジジイならではの、すごさもある。
偉いなと思うのは。
「痛い」
とは、一言も言わなかったッ

一度だけ、
「おや?
 なんだか、ふらつくな・・・。」
と言いました。
あったり前すぎでしょーーーッ
どんだけ血が出たかわかってんのアンタッ
てゆーか。
私なら、痛みと血を見た衝撃で、気失ってるわーーーーッ!!!





で、その日は深夜の帰宅となりました・・・・・。
息子らは、夫が、吉野家に連れてってくれていました。
夫、サンキュウ


あ。
夫ですが。
そりゃあもう、この頑固父には、今まで散々な目に遭って来ました。
カワイソウニ・・・・・







そんな私の夏休み・・・・・。
再び平和は来るのかな


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おじいちゃんから孫へ・受験の心得。

私の父は、少し、認知症気味…だと思う。
数年前に鬱病になってから、抗うつ剤を服用してるので。
そのせいで、もしかしたら、メッチャメチャ、ぼーーーーーっとしてるんかもしれない。
でも、もう80近いから、色々、仕方ないよね。


んでも!!
たまに、正気に戻る。

政治・経済の話になった時・・・。
学問の話。
外部の人に会ってる時・・・・。
等々、
シャキッ
とするようよ。



でね。
実は、我が家の高3息子が目指してる大学というのは。。。。。、
私の父の出身大学なのですわ~~~


もちろんながら。
父は、父の全てを振り絞って、
我が家の長男・絶賛応援中!!
であるよ。
大学についてのアドバイスをする際など、一瞬、非常に真面目な、きりっとした表情を見せたりするわけですわ。



今日、夕方。
そんな父から珍しくTELが来たわ~~。

父と、私との会話・・・。

父:「長男は、いる?」

私:「いるけど、疲れて今、寝てるみたい。
   起こしてくる?」

父:「いや。起こす必要はないさ。
   ただ、長男に伝言があるから、伝えてくれないか?」

私:「いいよ。なあに?」

父:「受験の最中に、もしも、オシッコをしたくなったら。
   手をあげて、監督の先生に、トイレに行かせてくださいと、ちゃんと言うように、伝えてくれ。」




なんか。。。。
おじいちゃんからの伝言だよって、それ、伝えられないッ!!
言えないよーーー
そんなこと



父ったらッ!!
口調が立派そうなだけに・・・・
内容のスゴさが際立つわ~~~~

高3に向かって、なんつうアドバイス
入園式じゃないっつーのに



しかもね。
大学受験は、そう簡単にトイレなんか行かせてもらえないでしょうよね?
再入室不許可っすよね?ふつう。



たぶん、今の父にとって、尿意を調節することが、最大の関心事なのでしょうか・・・。



あ、父にはもちろん、
「うん、わかった。
伝えとくね。」
と答えたよ




恐るべし、我が父よ・・・。

アタシも、そんな老女になりそうだわ






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濃すぎる『バカ親伝説』

先月、母の誕生日に、バラの花束をあげた。
母は喜び、父はいそいそと写真を撮っていた。


父は、デジカメを持っているにもかかわらず使いこなせず、常に『写るんです』を愛用している。
コンビニ等で大量買いして、事あるごとにピンボケ気味の写真を撮るのだよ


その日も、
「花束を持つ母」
「母と私のツーショット」
等を撮影した後。

花束を持った私一人を撮るという。

何それ
無意味~~~

と思ったけれど、頑固なボケ老人に逆らってもさらに無意味なので、母にあげた花束を持ち、一人で立った



後日。
郵便で写真が送られてきた。


ちなみにですね。
私はほぼ、週1で実家に顔を出している。

…なのに、郵便……ですか
なんて、なんて無意味なの



と思いながら封をあけると。
もっさりした私が、太った体で花束を持って笑ってる写真1枚と、お手紙が…。

週1で会ってる娘に、手紙まで…???
と思いながら読んでみるとっ


「先日撮った写真を送ります。
 お花を持って笑っている〇〇ちゃんは、
   まるで少女のようですね。」





ぶはっっ

何それっ

どんだけ親バカなんじゃ~~~~っ!!

老いた親の、底力に驚いたぜ~~。

私も、息子らがかわいくてかわいくて、親バカな毎日を送ってはいるが。
まだまだ昭和の老親世代にはかなわねえぇ~~!!


その手紙を、夫に朗読して聞かせたら、
「宇宙1のバカ親だね。」
ですと。

んだ、んだ、おら夫に賛成だ。




そういえば、20年ほど前の、スゴイ思い出がある。



25~6歳ぐらいだったろうか…。

私は結婚したかったオトコにふられて、失意の日々を送っていたよ
その頃は、一人暮らしをしていた。

失恋から、ヤケ酒
同僚の家で酔いつぶれたり、と、ぐちゃぐちゃな日々を送っていた。


そんなある日、実家に帰省した私に、父が

「結婚したい人はいないのか?」

と聞いて来た。

私 「そんな人、いないよ。」

父 「誰かプロポーズしてくれる人はいないのか?」

私 「いるわけないじゃん。(イラッ)」

父 「かわいそうになぁ~。(ため息)」



かわいそがられ、ますます惨めになってる私に、衝撃の言葉が父からっ!!


「ああ~~~。
 お父さんが、あと30歳若ければ、
 すぐにでもプロポーズするんだがなあ~~。」



ぎょえ~~~
やめてえ~~~

それって、親バカ通り越して、ヘンタイでしょ~~~

って言うか、なんか、ますます惨めになる私の心よ~~~~

って言うか、全然タイプじゃないし(←そういう問題か)





週刊文春さんよ。
PTAのイベントのお手伝いに行っただけで、稲葉さんを『親バカ』呼ばわりするなんて、100年早いぞッ

世の中にはの、もっともっと、
   ばか~な、ばか~な親が、
      沢山生息しとるんよ~

勉強不足じゃ。
出直してこいや!




私の父のこの、
濃い、あまりに濃い、
不気味なほどのバカ親愛は、年をとって、ボケ始めても、衰えない

……負けたわ


ちなみに、20年数前、『結婚したかったのに私を捨てた男』とは、今の夫であるよ。
人生とは、不思議なものじゃのぅ~。

実家あれこれ

この土日、親孝行をしてきた。
とはいっても、結局親孝行にならなかったんだけど…。




車で20分ほどの距離のところに住んでいる両親は、6年前までは、とても元気に楽しんで暮らしていたの。


が、6年前に母が脳出血で倒れ、半身マヒの車椅子の人となった
毎日母の病院に通っていた父は父で、今後のことを思い詰めたのか、次第に様子がおかしくなり、やがて鬱病となった


鬱病というと、元気がなく意欲が出ないだけのように思っていたけれど、父の病状はそれだけでは済まなかった。
幻聴・被害妄想・自殺衝動。やがて錯乱、狂気へと…

病名は本当に鬱だけだったんカナ~?。
よくわからない。
たぶん違うと思う。



父を入院させられた時は、本当にホッとしたものだったよ。
私達の手には負えなくなっていたからね



両親を別々の病院に入院させてた頃は、私もまだ末っ子が2~3歳で、本当に大変だったよ~。
洗濯ものを運んだり、主治医と相談したり…



やがて、先に退院した母をどうするかというコトになって、兄、姉、夫とも相談の結果、結局、我が家に迎えた。
介護の日々よ。

アレはキツかった!!
ホント、辛かったな~

ちっちゃかった末っ子と、幼稚園の三男。
その上私は、三男の幼稚園でPTA会長を引き受けていたのだよ。既に。

でも。
何が一番辛かったかって。
時間や体力以上に。

『大好きだった母を、憎み始めていた自分』
がね、辛かった。
「今母が亡くなったとして、自分は悲しめないのではないか?」
と思ってしまい、そんな自分に耐えきれず、よく泣いてたよ。



脳出血というのは、体や言語のマヒだけじゃなく、性格まで変えてしまうものなのかもね。
仕方ないよね、脳の一部が機能しないんだから。

優しかった母が、わがままいっぱいの、被害妄想全開な病人になっていくのは、気持ち的に辛かったよ~~。
そんな母と、同じ家で24時間一緒に暮らすのは、耐えきれない辛さだったな~~



その後、1年半もの入院を経て、ようやく治癒して退院した父をも、我が家に受け入れ、2人を介護の日々が始まった。

でも、嬉しいコトに。
父は、
「母と2人で自宅に帰りたい。
 介護保険の力を借りながら、自分が母を介護して暮らす」
と宣言し、準備を始めたよ。
バリアフリーのリフォーム等。

その頃父は、薬のせいか、ウツ状態は抑えられていたものの、スゴクボケていた。
認知症か?、という感じだ。
私の家にいる時、一人で散歩に出ては、しょっちゅう迷子になっていたよ~

それでも、自宅に母と戻る意思は固い。
オトコやな。
うん。
偉いわ。


その後、震災後を私の家で過ごし、しばらく経って落ち着いてから、2人は引っ越して行った。


そんな訳で、今実家では。
ほぼ毎日、ヘルパーさんに来てもらい、老人用宅配弁当の世話になり、その上週1でリハビリ訓練をしたりしながら、なんとか2人で暮らしてる。

リハビリのお陰で、母は、トイレを自分でできるようになった。
歩行訓練もしてる。
なんと
ゆっくりながら階段の昇降も覚えたのだ!!

介護保険サマサマだよ、ありがたい。
そして2人とも、自宅に戻って、自分達で責任持って生活する中で、かなりいい感じで暮らしているよ。


そんな暮らしの中で。
母の気持ちは随分穏やかになった。
昔の優しかった母が、次第に戻ってきて、本当に嬉しい。



で。
実は。

昨日は、
退院後初めて、父が1人で、新幹線に載って
    父の故郷に墓参りに行き、一泊して来る、

という大冒険だった。

本人は、「大丈夫だ」と言うが、母が心配しておかしくなりそうだった。
まあ、迷子の達人だからね。
ぼけーっとしとるしの。
心配もするわね。

母が、
『とても1人で夜は過ごせない』
と言うので、私が泊まりに行くことにしたのだ。



残念ながら夫は仕事で名古屋に出張中。
なので、小学生2人を連れて行った。

高2長男と、中3次男は、それぞれ、練習試合やら、塾の模擬テストやらで忙しく、お祖母ちゃん宅に泊まってるヒマはない。
2人で留守番だ。


土曜は母と、のんびりフィギュアスケートを見て、大輔クンを応援した後、早々と寝た。
年寄りモードで。
  (大ちゃん、頑張れ~~❤❤←浮気中❤)


そしたら、夜中に地震がッ!!
母も起きて慌てていたよ。
やっぱり泊まってあげて良かったな。


それにね。
今回、母に対して、再び優しい気持ちになれてる自分にも改めて気付き、本当に嬉しかった。

離れて暮らせてるからだね。
父には感謝だ。
父の決断・ナイス 
だよ、ホントに。
ちょっとボケてても、父は偉いわ。

父は、自分の故郷で迷子になるという失態もあったようだが、多くの方に助けられて、無事目的を達成したようだ。


そんなこんなで、私とチビ2人、今日の夕方帰宅した。

母の家を出る時、母が、
「本当に来てくれてありがとう。あなたも大変なのに。」
ですと

そして、来てくれたお礼に、と、私に1万円、チビチビには500円ずつくれた
 …こんなに!?
一応辞退するが、ねじ込まれる…。

大変な時に留守番させちゃって、かわいそうなコトしたね、と言って、長男次男にも2500円ずつのお小遣いを手渡された
 …こんなに!?


んんん~~~。
たまには親孝行、と思ったのにな。

なんだか、『申し訳ない』と思わせてしまったことが切ないな

その反面、『申し訳ない』と言う気持ちを、母が持てるようになったことが嬉しくもある
一時期はまるで女王様だったから。
めっちゃ、感じ悪かったんですよっ


で。
自宅に帰って来てから、あたくし、大忙しよ~~~!!

今日ラジオに出演してるはずの
  稲葉さんについて、
   情報収集をしなくてはッ!


パソコンにしがみ付いて、ゴンさんとの会話を検索検索…と。

どれどれ。


うひゃ~~~~っ
楽しそう❤
やだもう、稲葉さんったら、楽しそう
文字からもビンビン伝わってきたよ!!!

さっそくにトーク内容をまとめて、記事としてアップして下さるB'zファンの方々には、心から感謝だ。
おかげ様で、すっごく美味しかったです❤ごちそうさまでした
  

ふわ~~~。
疲れたけど、ステキな週末だったな。

重い足取りで、実家に顔出したよ

週に1度は、実家に顔を出す。
実家は同じ市内にあるので、遠い場所ではない。
でも。
なかなか足が向かないのが事実だ



数年前に突然、母が脳出血で倒れた。
入院、リハビリを経て、半身マヒの状態の母を、我が家に受け入れたのだった。

そのころ父は…。
母の突然の重病にショックを受け、徐々に鬱状態になり、重症化
錯乱状態となり、精神科に入院させた。
入院していなければ、もう、とっくに自殺して、母より先に亡くなっていたと思う


あの頃は、両方の病院に、足しげく通い、治療法を話し合い、実家を片付け、と、もう本当に大変だった。


母を引き取り、介護の日々。
やがて、その1年後に、退院した父を引き取った。

父の強い希望もあり、我が家で2年ほどリハビリ暮らしをした後、2人は実家へ戻って行った。

現在は、介護保険のお世話になり、ヘルパーさんに来ていただき、リハビリに通い、お弁当を宅配してもらい…、と、非常に多くの方のお世話になりながらも、なんとか70代夫婦2人で力を合わせて、暮らしている。

我が家で暮らしていた数年の間に、(よくあることだけれど)、私の親への思いが、こじれてきてしまっていた
半身マヒは、さぞ、辛いことと思う。
そう、分かっていても、自己中心的な、悲劇のヒロインお姫様な母には、すっかり参ってしまった
マヒがあるので、何かと、介護は必要だったし。

父は父で、もともとの頑固者。
私のアドバイスや要望は、なかなか受け入れてはもらえない。

その上、散歩に出ては、しばしば迷子になって、捜索するコトも重なって行った。
末っ子はその頃まだ、度々オネショもするくらいの小ささだったし、ほとほと疲れていたな~、あの頃。

両親が『自宅に戻りたい』と言って、バリアフリー改修工事を行って、戻って行った時には、本当にホッとしたっけな~

さすが自宅だけあって、父は今はもう、外出しても迷子にはならない。
認知症だったのではなく、本当に、道が分からなかったのだな、と分かった。

母も、何かと自分で責任持って決断しなきゃならない場面が多くあるためか、悲劇に酔う時間も減ったようだし。
介護保険サマサマである。


そんなこんなで、まだ、わだかまりの消え切っていない私は、実家に行って親の顔を見るのが、意外と辛い。

2人は待っていてくれるのだけど。
それに、お金のことやら何やら、やらなければならないコトはいつも山積みだ。



昨日はでも、しばらくぶりに顔を出したよ
行けば、『行って良かった』と思う。
こんなにも待ってくれてるのか、と。


父の誕生日に行けなかった私は、昨日、プレゼントを持って行った。
小さめの、肩から掛けられるバッグと、折りたたみ傘をあげた。

少しボケ始めたのかな。
父は、とても喜んで、私がいる間中、ずっとバッグを肩に掛けていた。
お茶飲む間も。

帰宅後、そのことを夫に伝えたら、
「小学校入学を待ってる子の、ランドセルみたいだね。」
と、笑っていたっけ

プロフィール

こぶりんぼ

Author:こぶりんぼ
4人の男児の母です。
長男次男は大学進学のため、家を離れました。
残るは中学生一人、小学生一人。
B'zを溺愛する母の、日々の徒然です。
よろしくね。

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